(竣工1980年代)本来あった「職人技術と精神」

Scroll down to content

解体を行うと分かるものがある。

「時代背景」「技術」「文化」そして「造った職人の心」

そのようなものが。

昔の建売のような住宅でさえ・・・・と、言っては失礼だけど。そう思われる住宅でさえこの技が使われていた。

昔は当たり前の大工技術。

IMG_0107

だけど、

今はこの加工をすることすら「無駄」と評価される現実がある。

それは単価との話になる。

単価が下がれば、それに「見合った仕事」をしないと「無駄」なこと。

それは「職人の意識の低下」では決してない。

単価との問題がそれを引き起こしている面が多いと最近思う。

コスト優先は必然的に技術を衰退させる。

職人世界の意識が下がって衰退しているんじゃない。

手間を省かないと生きていけない状況を生んでしまっている現状が少なからずある。

 

無駄と手間、効率・時短と技術の追究。

時間をかけすぎることは「悪」かもしれないけど、必要以上に時間を削除してコストを削り落とすことと、職人技術は相反していると思っている。

 

職人技術の向上は「一般技術より、他人より少し独自の手間を加えて“より美しく”付けることを追究して切磋琢磨してきた」世界。

それを無駄な手間と思わせる環境では職人技術は残せない。

そして、その技術を評価できる目と知識がないと技術は衰退する。

今回のお家の解体はそんなことを教えてくれた。