(築約50年木造長屋の1室)古い家にある「宝物」の古いガラス。

このガラスの写真をアップすると「子供の頃に住んでいた団地がこんな感じだった・・・。」「実家がこのガラスを使っていた・・・。」「まだこのガラス使っている・・・。」そんな意見を沢山頂きました。

昔の量産ガラス。古い家には今では手に入らないという「お宝」が眠っている。

でも、「お宝」という表現は他人事で表現できる人の無責任な表現かもしれない。

パーツを写真で見ると「お宝」に見える。

でも、見慣れて生活している人からすると、この古いモノはまずリノベーションの対象になる。

その気持ちは痛いほど理解できる。自分がそうだったから。

どうやって「お宝」の輝きを磨きだすか。

活かすのが嫌なら、モチベーションが下がるなら無理に残す必要はない。

不便をどう取り除くか。

モチベーションが上がる為の鍵は何か。

そこにリノベーションの魂が必要になる。

誰かの行いや価値観を否定するものでもない。

好みは人それぞれ。それを尊重するのもリノベーションだと思っている。

ただ、自分が行う向き合うモノには自分の選択、決断に何度も問い直す。

これがクライアント様の為になる答か。

新しく取り替えるのがリノベーションではないはず。

省エネという「エコ」の為に古い物を捨て去るだけの考えは「エコ」ではないはず。

建物の使い方と向き合い、カウンセリングを重ね、考え抜けば何か大切な答えに辿り着くはず。

考えよう。

悩んでも、向き合おう。

考えよう。

挑戦しよう。