(自宅アトリエでの暮らし)マイペースな植栽の小さなお手入れが暮らしを変える。暮らしは愉しんだ者勝ち。

自宅を拠点に活動するようになり、庭いじりができるようになりました。これまで植栽の手入れなど経験しておらず、我流で深い知識はまだないのですが、人の暮らしの中には緑が欠かせないと感じるようになりました。

忙しい時「雑草ひとつない、綺麗なお庭を保つ」というのはストレスの元。綺麗すぎる庭はかえって不自然。そう考えてしまう。そのスタンスで、普段の生活に小さくお手入れの時間をつくってみる。気楽に緑に向き合う時間があると慌ただしい毎日を少し和らげてくれる、狭くなった視野が柔らかく広がる気がします。

「暮らしは愉しんだ者勝ち!」

最近心がけているのは「自然な状態の庭」そう考えると、ストレスなく、自分のタイミングで緑と向き合えます。気合いを入れ過ぎると長続きしないので、継続できる程度に小さくやる。ノルマにするとストレスになるから自分のできるタイミングで、植物と向き合う時間をつくる。基本はその植物の「生命力任せ」それが小さく時を紡ぐ暮らしのポイント。

目標にするのは「里山」「雑木林」

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理想は広島にもまだ残る「里山の風景」

高い木の下にグランドカバーの植物。お互いが協力関係のように生息する自然から学ぶ環境。

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自然に伸びたシダなどが風景に馴染んでいる。

お庭もこのような「自然な感じが良いな」と思うとラクに構えられ、雑草が伸びていても、ある程度は“グランドカバー”として「いい感じ」と寛容に眺められます。

普段のお手入れとして愉しんでいるのが、目についたときの剪定。

枯れた葉を見つけると、その時に枯れている部分を摘む。ただそれだけ。

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その時、自分の使う道具にこだわってみるのもポイント。その道具を使うとテンション上がるものがあれば、その時間が愉しめます。

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ゆとりを持ちたいということや、豊かな暮らしという大げさなことではなく、毎日が愉しくなる。そんな感じです。うちは山の中なのでカラスの集団や、屋根の上ににボスザル級の猿の姿を見てゾッとすることもありますが、ポジティブに考えたら、この世は人間中心の世界じゃない、自然と共に生きるというそんな感覚を忘れずにいさせてくれます。

春は幼いカッコウの鳴き声の成長を感じ、毎日朝を迎え、様々な鳥の声を聞くことができます。でも、意識しないとその鳴き声には気づきません。ここに住み始めた頃は自分では制御できない激務が続く生活だったのでそんな暮らしなど全く意識できず、鳥の声など耳にも入っていませんでした。

どんな家に住むかより、どう暮らしたいか。住居空間に携わる者としてその意識を忘れないようにしたいと思います。

現在の庭は、雑草の生息地域が目立ちます。あまりにも鬱蒼としたり、虫が発生する危険がある時などは抜くようにしています。

少しずつ手を入れ出したのはこのシバザクラを自分で植えてから

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次の目標は、「カメムシ対策」。自然の植物の力でカメムシや、申し訳ないけど暮らしの被害になる害虫に対して植物で抵抗してみたいと考え、計画して実行中。今から少しずつ、コツコツ小さく時を紡いでおります。効果が出るかどうかは、時間が経たないとわかりませんが。

そんなことを日々、小さい時間、5分でも向き合ったり、考えたりすると

こんなところに気づきました。

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シンボルツリーとして植えていたシマトネリコが成長して当初より1m以上伸びました。昔は届いていなかった造作デッキの手すりの角、ここを風に揺られながら日々触れて、木の角を丸く削り落としていました。

小さくコツコツって力強いなと感心しました。

暮らしは愉しんだ者勝ち、暮らし方で今までストレスに思われていた自分の環境が、小さなことで逆転して愉しめる環境になると思います。

どうやって今の状況を愉しんでやろうかと考える。それが一番大切な暮らし方かもしれないなと思います。

自分のペースで、無理なく、“小さく”時を紡ぐ暮らしをほんの少し。