(まえがき)時つむぎの暮らし

「よし! あしたもがんばろう。」そう思える“静寂”が住居に少しでもあるのはいいものです。

 

今日も一日の最後は心穏やかに。

住居にちょっとだけ繫がりの断絶を、空間の一部に平穏と沈黙、そして追憶を盛り付けることを教わりました。身も心も休まるように。

例えばコーヒーを淹れる行為をたのしみ、コーヒーを片手に寛げる場所が小さくてもある暮らしをつむいでいる。季節、時間、天候、その時の気分で、安堵の為の深い溜め息を。

それでも人生は続くのだから。

 

「よし!あしたもがんばろう。」そう思える“今をたのしめる知恵”をたくわえていく暮らしもいいものです。

 

時つむぎの住居には、知恵をたくわえる暮らしがあります。

どうしたらいいか考える力こそ生活力。それは生き方としてもつむがれます。

今ある条件の中で出来ない事を考えるより、その中で自分が出来る事を考え、たのしむことを教わりました。

制限があるから、たのしい。

思い通りにならないから、たのしい。

たのしみの見つけ方を知ることができます。

その為に、自分でやれる限りのことをするのです。

この暮らしの中で失敗を経験して、また力を蓄えることができます。

例えば

雑草を抜く、落ち葉を掃く、床を拭くなど日々の掃除をする行為。

傷んできたものに再び塗装するなどのメンテナンス行為。

ある季節になると虫や動物への対策行為まで。

きたるべき季節の為の支度を少しずつ、つむいでたのしんでいる。

その日々の行為をたのしむことができるのは、急がず、手間ひまかけて小さく時をつむぐことを意識しているから。そして、時をつむいだ先にある「時が馴染んだ美しさ」を知っているから。それを目にした時の“よろこび”を知っているから。

暮らしの中で何か問題が発生した時こそ、「よし!」

その問題をどう対処してやろうかと考える。これをたのしんでしまおう。

暮らしの中でできることは何でも自分でやってみて、小さな「よし!」をつむいでいる。

それでも人生は続くのだから。

 

だからこそ、住居に静寂を、暮らしには今をたのしめる知恵をたくわえていく。

「よし!あしたもがんばろう。」

 

こんな「時つむぎの暮らし」のお話を少しだけ。

 

 

「時つむぎの暮らし」は古いモノを愛でることからはじまりました。

古いモノは、美しさに奥行きを持っている。

それは、ぼくたちの心に遠い思い出があり、懐かしい昨日があるから。

古いモノは、埃がついても消えることのない輝きを持っている。

それは、目には見えない時がつむがれ、そのモノ固有の時が馴染んでいるから。

古いモノは、手間ひまかけて小さく時をつむぎ、じっくり待つことのよろこびを教えてくれる。

それは簡素でありながら美しい。

まだまだ使える。

新しいモノに更新するだけではいけない。それでは時がつむがれたものが何も無くなってしまう。

モノを大切にして生きる暮らしも大切な美意識。

 

 

「時つむぎの暮らし」は、誰にでもはじめられます。

コツコツ小さく時を積み重ねる。

無理はしない。たのしむ程度に小さく。

時間はかかるけど、「時が馴染む」のを少し手をかけ「待つ」。

「つむがれた時」は「想い」になる。

そのつむがれた想いは、時が来ると美しい「変化」として目に見えてくる。

時が経つほど美しくなる「変化」こそが暮らしのよろこびになる。

この暮らしはやがて目には見えない「自然と共に生きるたのしみ」を感じさせてくれる。

四季の変化に気付くようになり、雨が降ることも、朽ちて土に還ることもたのしみになる。

これが時つむぎの暮らし。

「時つむぎの暮らし」は、いつからでもどこからでもはじめられます。

無い物を欲しがるより、ある物を使い切る。

今ある条件の中で出来ない事を考えるより、その中で自分が出来る事を考えたのしむ。

 

大切なのは完成を急がないこと。

手間ひまかけて“小さく”時をつむぐこと。

 

今の為につむがれた昨日があり、明日の為に今をつむいでいる。

 

「よし!あしたもがんばろう。」そう思える、時つむぎの暮らしを小さくたくわえていく。