(スピンオフです) 月と雨が生まれるまで#第1夜

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17年目の結婚記念日で振り返る

2021/09/05で嫁さんと結婚して17年目になりました。

僕が社会に出て4年目のことです。今思えば4年ですがその時はもうすでに何十年も経験したかのような社会人4年目の扱いされてました。
履歴書にすれば営業職を3年経験し、現場監督してし1年という何ともしょぼいものですが、その会社での4年目はもうすでにベテラン扱いで、かなりの仕事を任せられるというか「あいつにやらせておけ」的な責任者でもないのに、何かとんでもない責任のある仕事はほとんど僕に回ってきていました。同期入社の12人は既に2人だけになっていました。

結婚の年の思い出


結婚式といってもその準備などできる暇もなく働き、新婚旅行など行かせて貰える空気でもなく。それでも嫁さんに悪いからと結婚式の翌日から岡山の直島に数日間旅行する程度の計画はしてましたが、その年は台風の当たり年で現場監督はその対策で振り回されて、結局その旅行すらもドタキャンしてしまいました。だから嫁さんとは新婚旅行も行けてません。


結婚式の2日後には台風養生で屋根の上に上がり、僕は10mのシートと共に飛ばされそうになりました。あわや転落かという危険な事故で笑えませんでした。嫁さんを2日目にして未亡人にしてしまうかと思いましたが、その事件は当時笑い事ではなかったので少し経ってから嫁さんに伝えて怒られました。また担当のお客様、現場の職人のことを優先しており、情けない事に新居も探せてなかったので結婚式後も1ヶ月は別居生活でした。

入社は就職氷河期

入社は就職氷河期真っ只中の2000年。でも、就職活動は全く苦労しませんでした。
1999年、熱意だけあったのか、はったりだったのか、根拠の無い自信だけはありました。無知な小童です。だけどそれが気に入って貰えたのか、地元企業で世界的大手の木材建材メーカーとカープの選手を広告塔にしている地元中堅ハウスメーカー2社に5月には内定を頂いていました。


ブランドや給料面でどちらか選ぶというよりは、給料は安くてもやりたい事をやらせてくれる会社にと、初めから住宅のスペシャリストを目指していたので、迷わずカープのハウスメーカーの方に決めていました。
そこは社長とも距離が近く、コネも何もない僕でも直接社長と話ができたのでその関係もいいなと思ってました。専務や社長にも何故か気に入って頂き、2000年の4月には新入社員代表挨拶まで任命されての入社でした。
ただ、そこからが予想はしていましたが理想と現実の大きなギャップに悩まされ夢など脆くも崩れた建築人生の始まりでした。(つづく)

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